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トヨタは創価ではないのだろうが、この第三を第一と摩り替える悪い思想が関係 ニュース記事に関連したブログ

2010/03/17 08:46

 

トヨタは創価ではないのだろうが、この第三を第一と摩り替える悪い思想が関係 これを退治しない限り立ち直れないだろう

 

 

 「第一に安全」ということはトヨタにとっては車に乗る人の安全のことだと思うが、この人の安全も家族の安全、国の安全にも通じることである。日蓮大聖人という方が鎌倉時代に「立正安国論」という著述をしていて、そこに於いて人のそして国の安全ということについて書かれているのである。この邪儀を退治しないかぎり立ち上がれないのは目に見えている。

 

 国の安全を求める者は多く、国の政治家だけでなく民衆や企業人にいたるまでそれは万民の願うところであり希求するものである。しかしそれを実現する方法に誤りがあるために逆に人々は不幸になり国は混乱し戦争が起こり、世の中は安全ではなくなってしまっているというのである。その原因が誤まれる思想・宗教にあるこという。その誤まれる宗教というものが実は、この「第一に安全」 「第二に質」 「第三に量」 という価値づけの順序を逆立(さかだち)させ倒立させる思想的な悪の根源になっているわけである。

 

 法華経が最第一であることを転倒させて誤魔化そうとした戸田城聖やそれを後継する創価学会公明党の誤りというのも、ここに源があったのである。トヨタは創価学会ではないかもしれないが、この第三を第一と摩り替える悪い思想・宗教が関係してたと見るべきでありこれを糾さなければトヨタの再興は望めないだろう。

 

 しかし問題は邪議の退治だが誰でも良いというわけにはいかないのである。創価の邪儀やトヨタの迷いを世間の僧侶がいじってみたところで更に輪をかけて悪から悪へ迷いから迷いに落ちていくばかりであろう。そこに「立正安国論」の日蓮正宗による読み方の重大性があるのだと考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

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頸の切れた蝦蟇は、頭を求め右往左往の腹合わせで権力を狙う ニュース記事に関連したブログ

2010/02/28 09:28

 

頸の切れた蝦蟇は、頭を求め右往左往の腹合わせで権力を狙う

 

 「頸(くび)の切れた蝦蟇(がまがえる)」とは、創価学会公明党のことだ。「頭を求め右往左往」とは、頭が切れ落ちてない蝦蟇の胴体は、その死活の首を求めて、かっては自民党に、今度は民主党に接近して色を売って野合を求めているのが「腹合わせ」ということである。

 

 与党を批判しない野党というのは野党ではないだろう。その者が権力との腹合わせを狙っているのである。だから政治も金も清潔にはならない。野党と与党との野合を許し腹合わせを繰り返えさせることを良しとする首相というのもまたはかないものだ。首相の頭を切れた頸の上に乗せて飾りたがる創価学会公明党の餌食に簡単にされてしまうだろう。そのことを創価学会公明党はよく心得てやっているのである。前の首相たちはみんなこのようにして蝦蟇に呑み込まれ簡単に頸が切り落とされてきたのである。

 

 創価学会公明党というのは、すでに日蓮正宗から破門され頭(かしら)をすでに失っていて、蝦蟇の体躯になっている。日蓮正宗の頸を切ろうとした因果が災いしているわけである。創価学会公明党の与党三党への揺さぶりも、自民党への牽制も、目的は権力の奪取でしかない。

 

 腹合わせについてだが、これは一説によると仏法に於いて真言宗が法華経最第一の玉を、蝦蟇の真言経へと盗み込むための、盗術であったということだ。

 

 創価学会二代会長戸田城聖の場合には、法華経最第一に無量義経を並(なら)べて、自分の無量義経からの悟りと同等(どうとう)にするために、法華経と「腹あわせ」にする必要があったのである。戸田の『獄中の悟り』の邪儀とは真言流の盗み方に拠っている。

 

 真言の邪儀について、日蓮大聖人は、「神国王御書」(真言亡国抄)平成新編「日蓮大聖人御書」(日蓮正宗本山大石寺 平成6年7月16日発行) に以下のように記されている。著述(御書)の本文を引用するが各自が本文を手に取られて全文を目にしてほしい。

 

 「所詮、大日経の三十一品を法華経の二十一品并(なら)びに無量義経に腹あわせに合わせて、三蜜の中の意蜜をば法華経に同じ、」 「結句は印と真言とを用ひて法華経を打ち落として真言経を立てゝ候」(1303頁)とあるとおりである。

 

 そして創価学会公明党との腹合わせによって日本の首相の辞任がおこるのは、「譬へば三女が后と成りて三王を喪(ほろぼ)せしがごとし」(同、1303頁)ということではないだろうか。王がほろび、首相の頸(くび)が切れる原因がここに指摘されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「政治とカネ」説明責任 国会避ける小沢氏

2010/02/23 00:31

 

 

 

 

 

記者会見に臨む民主党の小沢幹事長。地方選の敗北には「私の不徳の致すところ」と陳謝したが、国会で説明責任を果たす考えはない姿勢を示した=22日午後、東京・永田町の党本部

 

 民主党小沢一郎幹事長(67)は22日の記者会見で、21日投開票の長崎県知事選で、民主党など与党3党の推薦候補が大差で敗北したことについて、「私自身の不徳の致すところで、皆さまにご迷惑を掛けたことは大変申し訳なく思っている」と陳謝した。ただ、自らの「政治とカネ」をめぐる問題では潔白を強調し、証人喚問などに応じ国会で説明責任を果たす姿勢は示さなかった。鳩山由紀夫首相(63)も22日夕、小沢氏の進退について「この体制でいく」と述べ、幹事長を続投させる考えを重ねて示した。

 

 小沢氏は自らの問題が知事選に与えた影響について、「プラスの要因に働いたはずはない」と断言したものの、同時に「どのような状況でも地方選で自民党に勝つようになるには、個々の議員が有権者との信頼関係を強めないといけない」とも強調した。自身が絡むスキャンダルが、有権者の信頼を損なったと自覚しているのかを疑わせるような言いぶりだった。

 野党側は小沢氏の証人喚問や首相関係者の国会招致を要求するが、民主党の山岡賢次国会対策委員長は拒否し、事態が進む気配はない。「議会制民主主義の確立」を折に触れて訴える小沢氏だが、国会での説明はよほど嫌なようだ。記者会見では、国会で説明するかどうかは与野党の協議に任せているとしたが、「(参院選に向けて)全国を回るので、その機会に疑問があれば答えていくことだろう」と本音を漏らした。

 首相も22日夕、長崎県知事選について「(敗因の)一つに『政治とカネ』があった。厳粛に受け止めるべきだ。必要に応じ国民の理解をさらに求めていく努力が必要だ」と述べたものの、具体的な説明の方策を語ることはなかった。

 首相や民主党執行部、国対は小沢氏を擁護するが、党内は一枚岩ではない。

 小沢氏に批判的な議員からは、政策決定一元化のため党政策調査会を廃止し、各省政策会議を新設したことに不満が高まっている。民主党役員会は22日、高嶋良充筆頭副幹事長や松野頼久官房副長官らが23日に政策会議の運営見直しの調整を図ることを確認した。

 小沢氏の姿勢について、渡部恒三元衆院副議長は「選挙、選挙と言っていて負けちゃった」と皮肉り、「あんな大差とは。どこかで国民が理解できるけじめをつけないと次の参院選は勝てない。潔白だと説明する機会は、喜んで出るべきだ」と、証人喚問に応じるよう促した。

 ■自民、強気の審議拒否も同調得られず

 長崎知事選と東京都町田市長選で自民、公明両党が応援した候補が当選したのを追い風に自民党は22日、「政治とカネ」の問題をめぐる小沢一郎民主党幹事長証人喚問などが実現しないのを理由に2010年度予算案の審議を拒否した。谷垣禎一総裁は「対決するのは今をおいてほかにない」と強硬姿勢を示すものの、他の野党は審議拒否には同調せず、民主党自民党の要求を拒否し、予算案の年度内成立の方針を崩していない。自民党は見通しがないままの「対決」に突入した。

 「数の力で臭いモノにふたをするようなことを看過してはいかん」

 大差で勝利した知事選と市長選から一夜明けた22日の党役員会で審議拒否の方針を決めた後、谷垣氏は記者団にこう決意を示した。

 審議拒否決定を受けて、川崎二郎国会対策委員長は公明、共産、みんなの3党の国対委員長と会談し、小沢氏本人や鳩山由紀夫首相の虚偽献金事件の関係者への国会招致などを求めることを決めた。その後、共産党を除く3党で横路孝弘衆院議長に申し入れた。

 しかし、横路議長は確約の言質を与えず、続いて会談した民主党の山岡賢次国対委員長にいたっては「知事選と国会に直接の因果関係はない」と一蹴(いっしゅう)した。

 しかも、自民党を除く野党3党は衆院予算委員会を欠席せず、首相が出席した22日午後の「経済・外交」をテーマにした集中審議も自民党抜きで行われた。

 民主党公明党などが審議拒否しないことを幸いに、「審議拒否こそ国民の支持を得られない」(党幹部)として自民党を孤立へと追い込んでいく考えだ。26日には「公明党への配慮」(民主党国対幹部)として、「社会保障」をテーマにした集中審議を開催し、23日に子ども手当、25日に高校授業料無償化に関する法案の衆院本会議質疑を行う。

 自民党は22日夕には谷垣氏をはじめ党幹部らが東京・新橋と町田市、大阪・梅田、長崎市で街頭演説し、政府・与党を批判した。党幹部の一人は「公明党も知事選などの結果を無視できなくなるだろう」と野党の結束を優先すると予想する。しかし、公明党の山口那津男代表は22日夕、「審議に応じないのは国民の理解を得づらい」と述べ、同調しない考えを示した。

 自民党内からも「いつになれば復帰できるのか」(予算委委員)と早くも強硬姿勢を不安視する声が出ている。

 

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無節操?公明のラブコールに民主ニタニタ 社民は“キーッ”

2010/02/25 17:13

 

 

 

 公明党が政策提言や国会対応を通じて、鳩山政権に秋波を送っている。山口那津男代表が政策提言を首相官邸に持ち込めば、国会対応でも「政治とカネ」問題で国会審議の欠席戦術をとる自民党に同調していないのだ。これには民主党側も大歓迎。漂う“民公蜜月”ムードに、参院選後の「脱・野党暮らし」を狙っているとの憶測も呼んでいる。

 

 「大変な調査でしたね。みなさんの取り組みとご苦労に敬意を表します」。鳩山由紀夫首相は24日、官邸で公明党の山口代表から同党が地方組織を動員してまとめた介護政策の提言を受け取ると、丁寧に労をねぎらった。

 首相は会談後、長妻昭厚生労働相を官邸に呼び、「提言を尊重し、厚労省としても介護のビジョンづくりに反映させてほしい」と指示し、公明党のプライドをくすぐる演出をみせた。野党代表を官邸に迎えるのも、野党の提言を即座に取り入れようとする動きも異例のことだ。

 一方の山口代表。会談後の記者会見で、「(提言に)首相は強い関心を示された」と大満足の様子をみせた。会談で首相に同席した平野博文官房長官が民主、公明両党の政策協議に前向きな考えを示したことに加え、公明党が呼びかけた政治資金規正法改正に向けた与野党協議機関設置について、首相が積極姿勢をみせた成果も披露したほどだ。

 公明党は最近の内閣支持率の急落で、夏の参院選では現在の連立与党が過半数割れする可能性が高まったと分析。「政策面で民主党との連携の実績を積み重ねれば、参院選後に与党入りへの道が開けてくるとみている」(永田町事情通)との指摘もある。

 一方、民主党も「2010年度予算案は公明党が自民党の審議拒否に同調しないおかげで今年度内成立が確実になった」(国対筋)と、公明党の対応を持ち上げた。連日、自民党抜きで腹合わせを重ねる民主党の山岡賢次、公明党の漆原良夫両国対委員長の「YUライン」を軸に後半国会を乗り切ろうとしているのだ。

 公明党内には民主、自民の二大政党のはざまで埋没する警戒感が消えない。それだけに、第三極を目指す衆参計6人のミニ政党「みんなの党」にも政策連携を呼びかけるなど、存在感誇示に必死だ。

 こうした公明党の動きに、民主党と連立政権を組む社民党の福島瑞穂党首は「(首相は)内閣一体と今まで言ってきた。政策協議は内閣か与党3党と公明党がやるべきであって、(民主、公明の)2党ではないんじゃないでしょうか」と露骨に嫉妬心を露わにした。

 

 

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金選手とちがう、浅田・安藤・鈴木選手の演技 フィギュアスケート、バンクーバーオリンピック ニュース記事に関連したブログ

2010/02/27 23:03

 

金選手とちがう、浅田・安藤・鈴木選手の演技 フィギュアスケート、バンクーバーオリンピック

 

 

 浅田真央選手はオリンピック初の演技を成功させたが正当な得点で評価がなされなかった。それが金メダルになれなかった遠因だと思う。それで金選手からみて点が低く余裕を奪われる窮地に立たされたのだろう。これはかなり政治的な勝敗である。それが証拠に、真央選手の最終的な得点がでるまでには異常に長い時間をかけて審査員が協議していたからである。演技としては世界初の技も点数に結びつかなかったわけだ。優勝できる実力はあったはずである。次のイタリアでの世界選手権での活躍をたのしみにしたい。

 

 安藤美姫選手はクレオパトラに扮し素晴らしい演技をみせた。母親を心臓発作で亡くしたばかりだというカナダの余り精彩のなかったカナダの選手への異常な配点がなかったならば、3位になっていただろう。地元カナダ人の万来の拍手声援の圧制が高得点を出す結果になったようである。これも開催国の特権的な力であるともいえる。美姫選手の回転の着地にはぎりぎりでのセーフという回転の不完全さが指摘されていたようだ。このクラスではこれも減点の対象になってくる。

 

 鈴木明子選手は完全な演技で会場を湧き立たせたが点に結びつかなかったのは残念である。しかし、テクニックでは挑戦的な演技を公開した。鈴木がだれもしたことのなかったこんな素晴らしい演技をしたことを後の競技者に忘れるな!と私は言い残しておきたい、とある著名な女性解説者は語っていた。世界中の人を感動させた感動的な演技だった。

  

 金選手を観て思うのは、女性のやわらかさ、しなやかさ、こわれそうな美が強さとともに演技に表現されている。この相対する二つを同時にかなえることはなかなか困難であって独特な持ち味になっているようだ。その東洋の流れ漂うような漂白の神秘を外国の審査員が評価したということは不思議なことでもある。勿論演技は完璧であった。

 

 

 

 

 http://www.iza.ne.jp/news/newsphoto/slideshow/all/all/date/274881/

 

 記者会見でフィギュアスケート女子の銀メダルを手に笑顔の浅田真央選手(中央)。左は5位の安藤美姫選手、右は8位の鈴木明子選手=26日、バンクーバー(共同)
メインフォトの説明  記者会見でフィギュアスケート女子の銀メダルを手に笑顔の浅田真央選手(中央)。左は5位の安藤美姫選手、右は8位の鈴木明子選手=26日、バンクーバー(共同)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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トヨタ(豊田)哲学の「第一に安全」をどう鍛え直すか? ニュース記事に関連したブログ

2010/02/26 01:37

 

トヨタ(豊田)哲学の「第一に安全」をどう鍛え直すか?

 

 問題はこのトヨタ(豊田)哲学の基礎が顛倒(てんとう)してきたことだ。つまり「量」が一番になり、 「質」が二番になり、一番大事な 「安全」が最下位の第三番目に落とされて軽視されてきていることが最近のトヨタ社の傾向にあったのであろう。豊田の基本的な価値基準が揺るぎはじめて転倒(てんとう)の予兆をみせてきたのが今回のリコール問題の本源的な原因だと考える。この、「第一に安全」を掲げたはずのトヨタ(豊田)哲学がそうでなくなってきてしまったのはなぜなのか?それをいま鍛え直さなければこれから後の更なる大きな危機には対応できなくなるだろう。

 

 豊田哲学なのかトヨタ哲学なのかは英語の文章では判断がつかなかったが、材質コントロールを基本にすることがトヨタの哲学の基礎にあり、その質の生産の鍵というのが人の質を向上させることだと豊田さんは確信しているという。私もトヨタも完全ではなく、傷をみつけることもあるだろうが、しかし我々はそういう時に、問題を理解する努力をいつもおしまずに更なる改善をしてきたというのがトヨタ(豊田)の哲学らしい。

 

 2月24日(米25日)の米議会公聴会での証言では、豊田さんは米国と全世界の我々のお客に対して、いかにトヨタが安全と質とを考えてきたかを説明する機会をこの度、得て光栄だとしている。そしてトヨタは 「第一に安全」 「第二に質」 「第三に量」の順で経営を行ってきたことを話している。

 

 つまり、トヨタのもともとの哲学とは相容れない傾向が最近のトヨタ社には起こっていて、これが原因で、今回の事件となったということを豊田さんは言われようとしたのだと見る。

 

 ここで思い出して欲しいのは、「超八」という思想のことだ。これは法華経があらゆる経典つまり八経に超過しているという思想なのであるが、それを否定する者がでてきて、法華経最第一を第二、第三と下げて解釈することで、人々の悪心を煽り結局は社会全体を苦しめてしまうということになる。創価学会公明党が日蓮正宗の鶴丸を頭(かしら)にして、真言の蝦蟇(がま)の体躯の上に括(くく)りつけようとしたが、本山に破門されて失敗した。同様なことが前の首相らを頭に利用して創価学会公明党は暗躍しようとしたがうまく行かなかった。今度は鳩山首相を蝦蟇の頭に取って付けようともくろんでいるようだ。この方法は仏法では真言の盗法(とうほう)として法華経最第一の玉を真言経に盗み入れるやり方として有名なのである。

 

 どういうことかというと、「法華経 第一」 「涅槃経 第二」 「無量義経 第三」 「華厳経 第四」 「般若経 第五」  「蘇悉地(そしつじ)経 第六」 「大日経 第七」とあるのを、人師の執着の事情によってこの順序を変更・改竄してみせるのである。

 

 華厳宗を起こした中国の澄観(ちょうかん)などは、「華厳経 第一」 「法華経 第二」 「涅槃経 第三」 と順序を倒立させて「法華経第一」を嫌って、第二番目に落として解釈しいる。ところが日本の弘法という人は更に悪心をもって、「大日経 第七」という最下位である劣った大日経の教えを第一だとして、法華経の最第一と順位を取り替えてしまった。大日の真言経を一切経の頭にしたのである。そして、「大日経 第一」 「華厳経 第二」 「法華経 第三」 と邪説を立てたのである。

 

 このことを指して、法華経最第一の鶴の頸(くび)を切って蝦蟇(がま)の身体に括(くく)りつけたというのである。このときに鶴の頸を切り落として蝦蟇の体躯に括りつけようとした蝦蟇の頸(くび)が切れてしまっていたわけである。それが因果で真言亡国といって、一番上のかしらである長男が立たないというようなことになってくる。つまり早死にしたり病弱であったりして家の柱となる跡継ぎの男性がいないという亡人・亡家・亡国の因縁となっているのだと解釈する。

 

 創価学会公明党というのはそのような法華経最第一の日蓮正宗の鶴の頸を切ることを目論んだ団体なのである。だから創価学会の蝦蟇の体躯には今は日蓮正宗の鶴丸の頭が乗ってないのである。蝦蟇の身体だか頭だか見分けのつかないような何か得体の知れないマークが乗っている。じつは創価学会はそういうことで、頭をさがしてふらふらとあちらこちらを俳諧する顔や頭(かしら)である本尊が不明確な幽霊団体なのである。

 

 そういう蝦蟇の身体(からだ)である創価学会の票田に興味をひかれる日本国の頭である首相というのは、実はこの真言の盗法の罠に落ちる可能性が強いということである。それは日本国に亡人・亡家・亡国の因縁をつくることになる。前の首相の例がそれをよく物語っている。

  

 これらはみんな、法華経最第一に対するやっかみなのである。いってみれば彼等には法華経最第一は目の上のたんこぶなのであった。 

  

「法華経第一」  「無量義経第二」 「華厳経第三」と順を入れ替えてみせて、そして最後には、この順序を、「無量義経第一」 「華厳経第二」 「法華経第三」と解釈してみせるのである。つまり法華経最第一だったのが「法華経第三」の最下位の下劣に転倒させて解釈したりするわけだ。

 

 そのような意味で、第一と第二が異なるのを平等視しようとした人に無量義経徳行品第一を読んで『獄中の悟り』を得たがこれは法華経最第一の悟りと同じものだとした人が戸田城聖であった。「法華経 第一」と 「無量義経 第二」との区別をなくし、同じ論文の前後であり同じものなのだとした戸田の解釈を教団の原点、つまり創価学会の生命哲学の原点に置いたのは池田大作創価学会会第三代会長であった。

 

 ここでトヨタ(豊田)の哲学について一言いえるのは、「第一に安全」の徳目が目の上のたんこぶのように邪魔になってきた者がいたのではないかということだ。この「第一に安全」の徳目こそは一番金が掛かるからであろう。その他の徳目の「第二に質」 「第三に量」にとっての障害にもなってきたのであろう。だからこの順序づけを変える傾向が自然と起こってきていたのではないか。

 

 「第一に安全」 「第二に質」 「第三に量」という順番付けはスローガンとしては一見して正当のようではあるが、それらは単に横に並べ番付をほどこしたものに過ぎなかった。それらの徳目相互の関係における価値認識が確実に規定されていないのである。これでは、それらの順位というものは簡単にすり替えが可能だということだ。つまりそれらの位置・順序関係に鍵がかかってないのである。

 

 例えば豊田さんのいう、「第二の質」がどうして「第三の量」にすぐれているのか?また「第二の質」よりも「第一の安全」が何故に優れて大切なのか?の哲学的な認識が欠けているのである。

 

 「第一に安全」 「第二に質」 「第三に量」と言って見た所で、近年の環境維持経費の急激な増加や国際競争などの難問の嵐の前では、すぐにそれらの価値基準は揺らぎ、順番の入れ替えが生ずる可能性があるということだ。その時にまた車の安全で大きな窮地に立たされるに違いないのである。

 

 豊田さんは自分の責任だとはいわないが、米国の公聴会では一応は謙虚に、トヨタ車を運転してサンジエゴで亡くなったサイラー家族に深く憐憫を感じ追悼の祈りを捧げると話している。そしてこのような悲劇が起こらないようにするために、私のできることはすべてすると話している。

 

 創価学会が、諸経に勝る最第一の法華経を、劣った価値である第二第三の無量義経と並べて見せて、次にはそれを手品の如き手法で法華経に同じる論議を立て、法華経最第一の価値を下したことに、今日の創価学会と日本の混乱の誤りの根源があるわけだ。それは戸田城聖が劣る無量義経というものに縁がありそれに執着していて、本心から法華経を法華最第一と認識できなかったことと関係している。それとおなじ徹をトヨタが踏まないことを祈りたい。どこまでも「最第一に安全」を決めていかなければならない。

 

 その意味で、一度思い切って、「第一に安全」 「第二に質」 「第三に量」 という横に並べるトヨタ式番付のやり方というものを廃止して、安全第一だけにして、それに並ぶ二無く、三の無い、安全最第一を唯一絶対の基準とする企業哲学として掲げなければならないだろう。純粋な精神をもってそういう哲学にトヨタが鍛えなおせば、おのずからそこに再生の道はあるはずである。そんな馬鹿なことをしたら企業として成り立たなくなるなどと心配してこれを疑ってはならない。それよりも、今回の事件は単なる予兆でしかなかったということをしっかりと認識できるかどうかである。これに躓(つまづ)けばトヨタは創価学会のようなさらなる顛末の憂き目にあることは目に見えているからである。

 

 この「第一に安全」ということはトヨタにとっては車に乗る人の安全のことだと思うが、この人の安全も家族の安全、国の安全にも通じることである。日蓮大聖人という方が鎌倉時代に「立正安国論」という著述をしていて、そこに於いて人のそして国の安全ということについて書かれているのである。

 

 国の安全を求める者は多く、国の政治家だけでなく民衆や企業人にいたるまでそれは万民の願うところであり希求するものである。しかしそれを実現する方法に誤りがあるために逆に人々は不幸になり国は混乱し戦争が起こり、世の中は安全ではなくなってしまっているというのである。その原因が誤まれる思想・宗教にあるこという。その誤まれる宗教というものが実は、この「第一に安全」 「第二に質」 「第三に量」 という価値づけの順序を逆立(さかだち)させ倒立させる思想的な悪の根源になっているわけである。

 

 法華経が最第一であることを転倒させて誤魔化そうとした戸田城聖やそれを後継する創価学会公明党の誤りというのも、ここに源があったのである。トヨタは創価学会ではないかもしれないが、この第三を第一と摩り替える悪い思想・宗教が関係してたと見るべきでありこれを糾さなければトヨタの再興は望めないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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トヨタの傲慢は物づくりの思想から、人間の尊厳回復を目指せ ニュース記事に関連したブログ

2010/02/24 08:55

 

 トヨタの傲慢は物づくりの思想から、人間の尊厳回復を目指せ

 

 

 飛行機が落ち自動車が暴走し人が死亡しても誰一人としてその責任を自らのものだと引き受ける人は稀であるのに、この豊田さんは「全責任を負う」といわれる。

 

 すでにこれが空疎な美言であって裏に嘘が隠されていることがわかる。一人の命も救えない者がどうしてこんな無責任なことを言えるのか不思議である。

 

 一人の命はトヨタ社の全財産をもってしても測ることができない尊厳されたものなのだということがわかってないのだろう。そのへんに大きな狂いがありそうだ。

 

 おそらくは豊田さんにとっては、命とは幾らでも何度でも総ての事故車で死んだ人々に対しても、いくらでも「全責任を負う」ことが可能なものだと考えられているからなのであろう?

 

 そんな言葉を公聴会で話してみせるのではなくて、自らの無知と無力の上にも最大の努力をおしまない、物質文明に犯された物づくりへの情熱などではなくて、お客だけでなく従業員も含めて人間にたいする謙虚な尊厳の態度こそが必要なのではないだろうか。トヨタには特にそれが欠落しているように思える。

 

 人の命が自動車と同じ物に見えているのではないだろうか。そこにトヨタだけでなく自動車産業界の限界があると思えるのである。

 

 

 

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【ワシントン=渡辺浩生】トヨタ自動車の大量リコール(回収・無償修理)問題で、豊田章男社長は24日(日本時間25日未明)に開かれる米下院監督・政府改革委員会の公聴会で、トヨタ車の安全性に関する顧客の不安について「全責任を負う」と述べ、自身の指導力発揮で「安全と品質を最優先事項に置くというわれわれの価値を再確認したい」と訴えることが23日分かった。同委員会の公表した冒頭の陳述のテキストで明らかになったもので、顧客がトヨタ車の安全性に不安を抱いていることに遺憾の意を表明する。

 

 豊田社長は近年のトヨタの急成長によって「第一に安全性、第二に品質、第三に量」だったトヨタの優先事項が混乱した結果、「制止し、考え、改善することができなかった」と指摘。「人材や組織を向上できる速度を超えて成長を追及した」ことが、今日の大量リコールを招いた原因と表明する。

 そのうえで、カリフォルニア州サンディエゴで昨年8月に高級車「レクサス」の急加速事故で死亡した犠牲者の家族に対して「哀悼の意を表したい」と述べ、「このような悲劇が二度と起こらないよう全力を尽くす」と宣言する。

 また、豊田社長は「自分は創業者の孫であり、すべてのトヨタ車には自分の名前がある」と述べ、信頼回復に指導力を発揮すると明言。東京本社に集中していた意思決定を北米など各地域でも必要に応じて可能にするなどの対策を明らかにする。

 

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外国人移民は日本国籍など求めるな、国際法の人権を糧に生きられる ニュース記事に関連したブログ

2010/02/16 01:27

 

外国人移民は日本国籍など求めるな、国際法の人権を糧に生きられる

 

 

 産経新聞の記事で以下のような提言ものがあった。この種の文はウンザリであるが一言いいたい。「私はこう思う」 「私はこう提言する」式の話しなので、いくらでも無責任なことはいえる。私も同様に感想文を書くことにした。

 

記者は以下のように報告して書いている。 

 

 

>提言では、参政権問題が日米同盟や領土問題など「日本の主権」に直結する問題であることを改めて指摘。特別永住者の帰化の際、「新たに日本国という政治的運命共同体のメンバーとなる」という観点から、「帰化の動機書」や「宣誓書」の提出義務を復活するよう求めている。

 

 

 これは大変な差別である。この差別がないことが国民になるということで、差別的な「帰化の動機書」や「宣誓書」にサインしなければ国民になれないというのは、日本人と中国人なり韓国人なり他の外国人とを差別している証拠なのである。

 

 また「新たに日本国という政治的運命共同体のメンバーとなる」というが、これはそうではなくて、「新たに日本国という政治的運命共同体のメンバーにされる」ということだろう。もっとも戦争でも始まれば外国人は一番最初に差別されるわけで、その運命共同体の最初の犠牲者メンバーにされるということなのだ。

 

 日本の精神的土壌がそもその差別主義から成り立っていてどうしようもないものである。これを崩し混乱させてまでして移民の方々に日本人と同じようになって欲しいとは私は考えることはできないのはこうした理由からなのである。

 

 外国の方は差別主義の日本人の真似などする必要はないのである。日本の「政治的運命共同体のメンバーにされる」ことを拒否したほうがよいだろう。そのほうが人間らしく自由に生きられるだろう。

 

 日本人が外国の移民を尊敬し本当に過去の時代の帰化人のように喜んで迎え入れる時がくるのを待ったほうがよい。それが永遠に来ないということはない。

 

 人種差別を許し人間の尊厳を否定するところまでは、今の憲法を擁護する日本人は醜く酷(ひど)くはなってはいない筈である。

 

 外国人移民の参政権を拒否する人々が大勢いるということは、日本社会の中にこれからも更に差別を支持し醸造させ拡大させて行くことを保証していることでもある。つまりは日本そのものが苦しむことになるわけだ。

 

 外国の方々は、外国人として日本人国籍を求めるのではなくて、むしろ日本人になることを求めることを拒絶しながら、日本に生活する人間としての、その普遍的である国際的な人権を糧として生きるべきである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本国籍者に限定を」 参政権問題で国家基本問題研究所が提言

 

 

 

 

 

 

「日本国籍者に限定を」 参政権問題で国家基本問題研究所が提言

2010/02/12 21:38

 

 

 

 民間シンクタンクの「国家基本問題研究所」(櫻井よしこ理事長)は12日、外国人参政権問題に関する提言を発表した。(1)参政権行使は国政、地方を問わず日本国籍者に限定すべし(2)特別永住者への配慮は特例帰化制度導入で(3)急増する一般永住者に入管法の厳格適用を-と訴えている。

 

 提言では、参政権問題が日米同盟や領土問題など「日本の主権」に直結する問題であることを改めて指摘。特別永住者の帰化の際、「新たに日本国という政治的運命共同体のメンバーとなる」という観点から、「帰化の動機書」や「宣誓書」の提出義務を復活するよう求めている。

 また、民主党が地方参政権付与の範囲を、急増する中国人を含む一般永住者に広げようとしていることに対する危惧(きぐ)を表明、永住要件の抜本見直しを提言した。同研究所の地方参政権に関する提言は今回が4回目。

 

 

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核兵器の不使用宣言、池田ではダメ、全核兵器の廃絶し作らないことだ ニュース記事に関連したブログ

2010/02/15 23:43

 

核兵器の不使用宣言、池田ではダメ、全核兵器を廃絶し作らないことだ

 

 

 創価学会の池田大作名誉会長という人は提言ばかりよくしている人だ。今回はインターナショナル結成記念日にあわせての原爆投下長崎広島70周年で、同地での「核廃絶サミット」を開催することを提言した。これは池田がわざわざ提言しなくても誰もが考えることである。

 

  この池田大作の思考が「核兵器の不使用」や 「核使用」という「使用」を」問題にしているのは、それが池田の師である戸田城聖の「原水爆禁止宣言」に影響をうけているためである。

 

 その逼塞した非人間的で非仏法的な思考とは、「核を使用した者は、サタンであってことごとく死刑にされなければならない」との戸田城聖の宣言である。非常に恐ろしい凝り固まった見解だ。そのために創価学会公明党は死刑廃止を唱えることができないのである。

 

 原水爆の本当の課題とは戸田城聖のいうような「核兵器の不使用」ではなくて、全世界が今ある核兵器を廃絶させて、核兵器をもうこれからは作らないことが必要なのだ。これは核の新興国が核兵器をもつことだけでなく、現在すでに核兵器を所有している国も再生産をしないでそれら総てを廃絶することが必要だ。

 

 先進国の核保有をこそ先ず禁止して、新たに再生産しないことが宣言されなければならない。創価学会は本当はそのことを言わなければならないのである。

 

 核の使用者をことごとく死刑することで解決をはかろうとする創価学会の戸田城聖などの提言などでは、この問題は解決できないのである。

 

 

 

 

創価学会の池田名誉会長が平和提言

 

 


 

創価学会の池田名誉会長が平和提言

2010/01/25 19:31

 

 

 

 創価学会の池田大作名誉会長は25日、「新たなる価値創造の時代へ」と題する平和提言を発表した。創価学会インタナショナル(SGI)結成記念日に合わせた毎年恒例の提言。今年は、原爆投下から70年にあたる5年後に、広島と長崎で「核廃絶サミット」を開催することなどを呼びかけた。

 

 提言では核時代に終止符を打つ取り組みとして「核兵器の不使用」に関する条約の整備や、核使用を戦争犯罪とするための国際刑事裁判所規定の改定などを提起。日本には非核三原則と武器輸出三原則を堅持し、核廃絶や世界の脱軍事化へのリーダーシップを発揮することなどを求めた。

 

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弟子が隠す戸田城聖の『獄中の悟り』、経典の「其の身」の文字を改竄し「仏」だと印刷 ニュース記事に関連したブログ

2010/02/12 01:37

 

弟子が隠す戸田城聖の『獄中の悟り』、経典の「其の身」の文字を改竄し「仏」だと印刷

  
 戸田城聖の弟子たちは戸田の法華経解釈の誤まりを人目にふれないように隠している。経典の無量義経の文字を勝手に書き換えた。無量義経の経典の文字そのものを改竄してみせたのである。創価学会は、経典にあった「其の身」という文字を削り捨ててその代わりに、経文にはない「仏」という文字を注入し経典改竄の誤魔化しの邪儀をつくった。無量義経徳行品第一には「仏」という文字があるとして印刷した。それは後の戸田城聖の弟子が戸田の『獄中の悟り』、つまり「「仏とは生命なのだ」との創価学会の生命論の原点を正当化するためであった。戸田の読み誤りを隠すために無量義経のその経典中に「仏」の文字が欲しかったのである。

  

 この無量義経徳行品第一の経典にある「其の身は」の箇所を、勝手に創価学会は削り捨てて、「戸田城聖先生 質問会集」(昭和38年年8月2日 創価学会 発行、8頁3行目)では、「仏とは」にすり替えている。「仏とは方に非ず円に非ず短長に非ず、」とこのようにして経典の文字を摩り替えて創価学会は出版したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上の写真掲載が、創価学会発行の「戸田城聖先生 質問会集」(昭和38年年8月2日、創価学会 発行、8頁3行目)がその誤魔化しの文字の改竄をやった箇所である。引用すると、『「仏とは方に非ず円に非ず短長に非ず、・・・・・動に非ず閑静に非ず」(無量義経徳行品第一)とあり真剣に悩み考えたすえ「仏とは生命なり」と考えが開けました。』 と、創価学会発行のこの「戸田城聖先生 質問会集」には書かれているのだ。

 

これは大変な創価学会の誤りなのである。この箇所こそは戸田の『獄中の悟り』というものが経典の改竄から出ている証拠である。

 

 

 

 どうしてそのようなことをしたのか?繰り返すと、それは創価学会の戸田城聖が無量義経を読んで「仏の生命を悟った」という『獄中の悟り』を正当化するためであったのだ、経文上にない筈の「仏」という文字がどうしても経文の中に欲しくて書き換えたということがいえる。

  

 同様に、「戸田城聖全集」(池田大作編集、和光社発行 昭和40年12月10日) 9頁の後ろから3行目でも、「仏とは方に非ず円に非ず短長に非ず、」と、ここでも無量義経徳行品第一の経典の文字である「「其の身は」」を切り捨て、それに替えて創価学会は勝手に、「仏とは」という文字を抽入しているのがわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『新編妙法蓮華経并開結』平成10年 日蓮正宗大石寺発行を見てみれば、創価学会がした誤魔化しの経典改竄がよくわかる。

 

「無量義経徳行品第一」には「其の身は」とある箇所は、創価学会では無くなっていて「仏」という文字に摩り替えられている。これは創価学会の経典改竄の証拠である。

  

    

 戸田城聖氏は、『「とは方に非ず円に非ず短長に非ず、・・・・・動に非ず閑静に非ず」(無量義経徳行品第一)とあり真剣に悩み考えたすえ「仏とは生命なり」と考えが開けました。』と、ここで言っているのである。つまり戸田はここで、「無量義経徳行品第一」の経文にという文字があるととして嘘をついているわけだ。あるいは後の創価学会が戸田に嘘をつかせたのかもしれない。いずれにしても、無量義経のこの箇所には」という文字はないのである。

 

 

 この無量義経の誤魔化し解釈は有名だが、無量義経では法華経の悟りにはならないことを戸田は知っていたのであった。また戸田は、『獄中の悟り』だなどと劇化して誤魔化してみせたが、経典をいじり私的な文字を添加して『』の文字が無量義経にあるといって、経文を改竄した戸田の弟子たちの編集の罪も大きい。師弟ともに堕地獄の根源をつくっているといえる。師の誤りを後の弟子たちが二重三重に必死で隠したが、そういう誤魔化しを記した池田大作の編集した出版物が残ったわけだ。

   

 

  

 

 

 

 

 

                                                  

                   

 『新編妙法蓮華経并開結』(平成10年4月28日 大石寺発行 7頁)には、その 「無量義経徳行品第一」の箇所は、其身非有亦非無・・・・・・」(同7頁の最後の行)。 同頁の下段にある現代書き下し文では、「其の身は有に非ず亦無に非ず・・・・・・」とあるとおりである。

 

 創価学会はこの経文にあった「其の身」という文字を切り捨てて、これに替えて「仏」という文字を入れた。「無量義経徳行品第一」に「仏」という文字はあるのだと誤魔化して「戸田城聖先生 質問会集」(昭和38年年8月2日、創価学会 発行、8頁3行目)や、「戸田城聖全集」(池田大作編集、和光社発行 昭和40年12月10日) で印刷したのである。

 

 

 

 

 

 

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首相の頸が「切れ落ち続けた」理由は、首の切れた創価公明と自民の同衾に ニュース記事に関連したブログ

2010/02/11 23:53

 

首相の頸が「切れ落ち続けた」理由は、首の切れた創価公明と自民の同衾に

 

  創価学会公明党の悪戯でいえば、かって過去において創価学会の蝦蟇の体躯の上に日蓮正宗の鶴の頸を括りつけようとした。頸を盗み取ってこようとして失敗し、創価の頸は「切れ落ちた」て蝦蟇の胴体だけになったのである。その切れた頸に新しい贋(にせ)本尊を頭(かしら)として掲げているのが創価学会の姿だ。この創価学会公明党は、安倍晋三郎首相や麻生太郎首相の頸を創価学会公明党の胴体に接げようとしたが、これもうまくいかなかったが、切られた首相の頸は地に落ちたのである。

 

 創価学会という頸のない得たいのしれない蝦蟇の団体と同衾しようとすると、いつも不思議なことになる。その団体なり個人の頸が「切れ落ち」てゆくという宿業があるようだ。この次に創価と組んでその餌食になるのはどの団体なのかしっかりと確認していきたい。

 

 創価学会を支援したり協力したりするとどうして、たとえそれが首相であってもその頸が切れ落ちて、まるで紙でも燃やすが如くにあっさりと世間から切り捨てられてしまうのか、それが次第にわかって来た。

 

 池田創価学会公明党は神道を擁護する自民党の首相と平気で手を組み、この神道崇拝の権力と結んだ公明党は与党の真似事をしてきた。これが謗法厳戒の日蓮大聖人の仏法に逆行していたからである。

 

 その誤りに気づいて改めようとした人々もいた。創価学会員の中にはまだ自分の頭で考えることのできる者がいたということである。彼等は最近の創価学会や公明党に対して大きな危機感をもっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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参考記事

 

【自公落城】(中)茫然自失…今後は?

2009/08/31 21:04

 

 

 「多くの同志を失い、誠に残念至極。応援してくれた有権者の方々に大変申し訳ない。総裁としての責任を痛感している」

 31日午後2時、自民党本部9階で記者会見した麻生太郎首相(党総裁)はこう切り出し、総裁辞任を重ねて表明した。すでに「吹っ切れた」感じもあり、表情は穏やかだった。

関連記事

記事本文の続き 首相は「社会の閉塞感や格差などへの不満があった。小泉構造改革により従来の支持基盤への配慮が足りなかった」と敗因を総括。「速やかに総裁選を行い、政権奪還に向け、党を再生しなければならない」と力を込めた。

 とはいえ、歴史的惨敗のショックは大きく、自民党議員の多くは野党転落の事実をどう受け止めてよいのか分からない状態だ。多くの当選議員は地元であいさつ回りを続けており、在京者はわずか。多くの派閥は幹部級が大量落選しており、幹部会の日程さえ決まっていない。

 正午から開かれた臨時役員会では、9月4日の全国幹事長会議で地方幹部の意見を聞いた上で、18日告示28日投開票の日程で総裁選を行う方針が決まった。

 このため、特別国会首相指名選挙に新総裁選出は間に合わず、自民党議員は「麻生太郎」名で投票することになる。細田博之幹事長は「両院議員総会で事情説明し、理解を求める」というが、違和感は否めない。午後には伊吹文明幹事長がさっそく党本部を訪れ、「これから辞める人の名を書くのはいかがか」と異議を申し立てたが、「日程的にやむを得ない」と押し返された。

 確かに無理に総裁選を早めれば、首相指名選挙までの間、首相と党総裁を別の人物が務める総総分離」が生じることになる。ある党幹部は「第1党を手放すとすべてが暗中模索だな」とぼやいた。

   × × ×

 太田昭宏代表、北側一雄幹事長がそろい踏みで落選した公明党はさらにショックは大きい。

 太田氏は31日昼前、東京・南元町の党本部で記者会見を開き、辞任を表明。「今回の結果を厳粛に受け止め捲土重来を期す。いかなる上京でも勝ち抜ける党に向け精進を重ねる」と悔しさをにじませた。

 だが、9月3日に常任役員会を開き、特別国会開会までに新体制を発足させる方針のほかは何も決まっていない。太田氏ら党役員は31日午前、東京・信濃町の創価学会本部にあいさつに言ったが、学会幹部から「党も頑張ったし、学会も頑張ったが、こういう結果になって残念だ」とねぎらいを受けたが、党運営をめぐる具体的な協議は一切なかったという。

 記者会見で太田氏に同席した北側氏は「太田代表のおっしゃった通り」といつになく神妙な表情。北側氏らは昨秋に解散を強く求めたが、首相に反故された経緯がある。党内には解散先送りに対して恨み節がなお残るが、北側氏はこの件を問われると、遠い目をしながらこう答えた。

 「昔のことはもう覚えていません。まあ、現実にこうなったわけで…。過去のことをあれこれ言っても仕方ありませんよ」

   × × ×

 自民、公明両党にとって党再建は喫緊の課題だが、そう簡単に進みそうもない。首相は「自民党支持率が低下する原因は保守の魅力を十分に発揮できなかったことだ」と断じ、保守政党としての出直しを表明した。社民党を組み入れた新政権はリベラル色を強める公算が大きく、保守色を強めることが政権奪回の近道だと考えているからだ。

 首相の盟友である安倍晋三元首相も「外交・安全保障、教育などの政策で民主党との違いを鮮明にさせるべきだ」と同調するが、リベラル勢力からは「安倍-麻生路線はまっぴら」(党中堅)との声も上がり、足並みはそろいそうもない。

 国民のニーズに広く応えようとするあまり、思想的に左右両翼を幅広く包含するのが自民党の特質だ。一方の意見を尊重すれば、他方は反発し、折衷案を選べば「骨抜き」と批判される。歴代首相は常に党内の路線対立に頭を悩ませてきた。

 次期総裁選では、路線対立がさらに先鋭化する可能性もある。首相は「自民党は開かれた政党であり、いろんな意見が出ることは間違っていない。不満を押さえ込むような政党ではない」と強調しながらも最後にこう付け加えた。

 「最終的に結論が出たならば、まとまることが一番肝心だ。まとまらなければ戦いになりません」

 野党として一丸となって行動できるか。離合集散を繰り返してきた自民党にとって、これがもっとも難しい課題かも知れない。(石橋文登)

 

 

 

 

 

 

 

 

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創価学会・公明党の「対治」法、神道と仏教の祭り方の逆立ちを糾せ ニュース記事に関連したブログ

2010/02/11 23:35

 

創価学会公明党の「対治」法、神道と仏教の祭り方の逆立ちを糾せ

 

 鳩山首相あたりが公明党の山口代表に指摘するとよい。創価学会公明党の「対治」法はまず、なぜ法華経最大一の日蓮仏法を拝む創価学会公明党が、なぜに神道靖国神社へ参拝する自民党の首相たちと手を組んだのかを問い糾すべきなのだ。

 

 これに対し、山口代表が何か返答してくるだろうから、その時には、次のように答えればよい。

 

 いったい山口那津男氏は何を拝んでいるのか?池田大作なのかそれとも日蓮大聖人なのかと糾せばよい。

 

 

 大田代表の決めたことなのだというのなら、それならば大田は神道を拝む池田の弟子であったのだろうか?と問えばよい。

 

  

 実はこのことを、今の日本の首相が誤まれる創価学会公明党にきちんと糾すことが、政治の安定だけでなく、神と仏、つまり神道と仏教との祭り方(上下)をキチンとすることであって、日本国の繁栄に非常に関係があるのである。

 

 政治もそうだが、これらの上下の祭り方を逆立(さかだ)ちさせる誤まりを創価学会公明党が犯していたのである。

 

 すでに誤りのある創価学会公明党にこれを糾せばよい。彼等は何もいえなくなるのである。

 

 その意味で創価学会公明党が国家神道を参拝する首相と同衾して与党になったその罪は重く、日蓮大聖人の仏法に照らし大謗法を犯しているのである。

 

 

 

 

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